
略歴
| 1945年(昭和20年) |
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| 1963年(昭和38年) |
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| 1974年(昭和49年) |
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| 1977年(昭和52年)〜 |
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| 1984年(昭和59年) |
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| 1985年(昭和60年) |
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| 1989年(平成元年) |
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| 1991年(平成3年) |
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| 1993年(平成5年) |
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| 1994年(平成6年) |
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| 1995年(平成7年) |
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| 1996年(平成8年) |
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| 1997年(平成9年) |
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| 1999年(平成11年) |
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| 2000年(平成12年) |
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| 2001年(平成13年) |
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| 2002年(平成14年) |
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| 2003年(平成15年) |
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| 2004年(平成16年) |
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| 2005年(平成17年) |
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| 2006年(平成18年) |
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| 2007年(平成19年) |
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| 2008年(平成20年) |
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| 2009年(平成21年) |
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| 2010年(平成22年) |
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| 国内展 | 全国主要都市(東京・横浜高島屋・大阪阪急・福岡岩田屋・名古屋松坂屋他) 毎年開催 |
| 海外展 | ニューヨーク・ロサンゼルス・フロリダパームビーチ・ロンドン・パリ・ベルギー・ シンガポール・台湾・エジプト・ゴールドコースト・中国 |
小雨の降る、いつになく寒い朝だった。
2008年11月28日。黒木国昭はガラスの聖地イタリア・ヴェネチアの地に
立っていた。
マルコポーロ以来のガラスの歴史的里帰りとうたわれた「琳派と広重の展開」展の
オープニング当日である。
イタリア・日本の両国外務省、文化庁の後援のもと開催されたこの展覧会の会場である
国立 カ・ペーザロ博物館には、数え切れない笑顔の来場者。
しかし、人々の笑顔の中にある小さな違和感を黒木は敏感に感じていた。
それはヴェネチアの文化、「ガラス」を日本人がどう理解しているのか?興味と疑心を含む採点者的な視線であった・・。
「ガラスに関わる全ての皆様に、心より最大の敬意を表します。」
感謝と自信に満ちた黒木の挨拶で展覧会は幕をあけたが、
彼はしばらくの間、緊張した面持ちでじっと会場の人々を見つめ続けていた。
それから突如、黒木の顔にいつもの笑顔が戻った。
そう、それが「西洋のガラス文化」と黒木の表現する「日本のガラス文化」が融合した瞬間であった。
西洋の素材に日本の美を映し出す黒木の仕事が人々の心をとらえ、
いつの間にか人々は自分たちの文化「ガラス」を通して「日本を感じて」いたのだった
。
屈託の無い笑顔に囲まれて、黒木はもう一度感覚を研ぎ澄ます。
しかし黒木が覚えた小さな違和感は、存在していた事が夢だったかのごとく
既にそこに感じ取ることは出来なかった。
2ヶ月にわたるロングランの展覧会は無事に終了した。
作家人生の中でも大きな仕事を終えた黒木は、今現在も多くの反響の中、
意欲的に制作を行っている
。
ヴェネチアが彼にどのような影響を与えたのか。
また彼がヴェネチア展を通して何を感じ取ったのか。
これから誕生する「黒木国昭作」から一瞬たりとも目が離せない。



